海外通信員


第15期 海外通信員リポート


第3回リポート:


第2回リポート:


第1回リポート:


第3回リポート

女性の社会的地位と家庭内暴力(DV)
Karimatou Jocelyne VOKOUMA/BOUSSARIさん(ブルキナファソ)
女性には、社会の中でおかれている地位の低さゆえの苦しみがあります。男女どちらも同じ人間であるのに、伝統や文化によって男性は上、女性は下と位置づけられています。こんな状況では、女性の権利を向上させるのは困難です。

ほとんどの女性は、男性が負う責任のもとで生きることが良いと感じており、それが、女性を支配しようとする男性を助長させます。DV問題はまさにこの時点に根を発しており、そこから男女の意思が衝突するのです。

女性に暴力がふるわれる背景には、固定観念が大きく関与しています。女性だけが義務を負う、次のような悪質な固定観念と戦わなければなりません。

・女性は家事をし、男性は勉強や、会社で仕事すればよい。
・子供や家族の世話をする。
・ 女性は家にいなければならないが、男性はいつでも好きな時に外出できる。男性だけが決定権を持ち、社会に出るのも男性のみである。何をするにも、女性は男性のあとでないといけない。
・女性は常に男性に助けてもらわなければならない。

昔からのしきたりで、女性には公的な立場がありません。女性の人権についても、伝統や文化の悪い面、すなわち、女性は男性の所有物である、女性には自分で何かを手にする権利はない、女性の物はすべて男性の所有に帰する、といった観念と戦っていかなければなりません。夫のアイデンティティー以外、自己のアイデンティティーを持たない女性がいます。自身のアイデンティティーを獲得するために戦わねばなりません。ほとんどの女性が伝統的な制度を恐れています。娘がDV問題を抱えていても、娘の家族は助けません。女性や女の子は折り目正しく振る舞わなければなりません。男性には、妻を殴るなど、やりたいことをする権利があります。女性はDVを受けていることについて話すのを恥ととらえます。どんな状況でも黙って耐えるように、伝統と文化が女性をしつけてきたのです。自分の人生でうまくかないことについて多くの人に伝える権利がないのです。

ブルキナファソの女性は、女性の地位向上のための国家政策を採択させました。わが国の男性は、妻が会社で働くのを好みません。リーダーたちは、女性を心理的に解放するための新戦略を展開していかなければなりません。これはまず、女性リーダーが解決すべき問題です。女性の人権を真に向上させるためにリーダーは、男女両方の手を借りる必要があります。やり抜く意志があればそこに道は開けます。つまり、女性に対する人権侵害事件について、リーダーは被害者の1人ひとりから協力を得る必要があります。

DVが増えるにつれ、政府は、さらに努力を重ねて、慣習のせいで起きるこのような問題を解決していかなければなりません。女児の就学、女性の訓練、ともに必要です。教育を受けさせなければなりません。女性の開発のためには、しっかりした教育計画が必要です。女性たちに自分の周りで起きているすべてを知り、把握していく力をつけさせる必要があるのです。

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女性の人権-モンゴルにおける女性の権利の現状
Baigalmaa Purevsurenさん(モンゴル)
データによると、モンゴルの人口の50%、就労可能人口の51.4%、全労働者の49.4%、学生の73%、教師の79.2%、保健医療サービス従事者の82.3%が女性です。これらの数字を見ると、女性が社会で果たす役割は大きく、わが国の発展の責任を担っているということがおわかりいただけるでしょう。にもかかわらず、女性の権利は往々にして侵害され、意思決定レベルへの参加も少なく、貧困は広がり、子どもの多い女性、年配の女性、未婚の母や身体の不自由な女性にとっては厳しい現実となっています。

モンゴル人権委員会は、「女性の人権向上計画」を推進しています。意思決定レベルへの女性の参加を増やし、女性の権利について知り、理解を深め、女性問題に取組んでいる政府・非政府組織の能力を向上させることを目的としています。

1995年の北京宣言と行動綱領で「女性の地位向上のための国家計画」と「男女同権のための国家計画」が承認され、国の発展に効果的なその他の目標とともに実行されています。北京宣言の加盟国としてモンゴル政府は、女性問題解決に向けて、わが国にふさわしい国家行動計画を発表しました。

1994年から2000年の間に貧困はますます広がり、収入の格差も大きくなり、格差は縮まりません。調査によると、全家庭の12~13%、極貧家庭の24.6%、貧困家庭の18.3%が女性世帯です。経済改革により、女性の就業率は上がり、さまざまな業種の会社で働いたり、事業を経営したり、経済上の権利や能力をのばしたりする機会に恵まれました。

残念なことに、失業や、経済的な保証がないせいで、家庭内暴力(DV)、犯罪、アルコール依存症やうつ病が増加しました。2004年、DV防止法が国会を通過しましたが、これは、女性の苦境と闘い、DVの重荷を取り除くことを目標に、市民組織がたゆまぬ努力をしてきたたまものです。この法律は2005年1月に施行され、暴力の防止、屈辱を受けた人の権利を守る、違反者に責任を負わせる、といったことを目的とした政府・非政府組織の活動が合法化されました。
社会主義から市場経済へ移行する中で、保健医療サービスの移行に対応するため、国民は自分の健康に留意せねばならなくなりました。健康医療改善の結果、1995年に65.43歳だった女性の平均寿命が、2003年には1.07年伸び、男性は62.1歳から1.31年伸びました。生殖に関する健康医療サービスについても質・量ともに改善され、また生殖に関する女性の医療知識も広がったおかげで、新生児死亡数は減りました。このままいけば、出産時の母子の死亡率の低下についてはミレニアム開発目標を達成できる見込みです。

国会における女性議員の割合は、1996年には10.5%、2000年選挙後には11.8%でしたが、2004年選挙後には6.6%に落ちました。現在、閣僚、首相顧問、省秘書官、州知事に女性は1人ずついるだけです。意思決定レベルで働く女性を増やすとともに、女性がリーダーシップを取れるような心構えをつけさせることも必要で、また、それに対する一般の意識も向上させていかなければなりません。

以上は女性の権利という点では明るい見通しを示していますが、反面、いくつかの問題が持ち上がっています。DVがより隠れたところで行なわれるようになったり、10代の売春が組織化されてきたり、職場での性的暴力や民間組織で働く女性の安全問題などが浮上したりしています。

モンゴルのNGOは、女性の権利保護だけでなく、人権問題にまで取組み、活動を推進しているということをお伝えしたいと思います。NGO団体のLEOS(Liberal Women’s Brain Pool)が創設した全国暴力反対センターは、DVと戦い、DV防止法制定に大きな役割を果たしました。モンゴルのNGOがその能力を発揮しつつあり、政治的な機能まで果たせるようになったということもお伝えしたいと思います。

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第2回リポート

バングラデシュにおける女性の人権の現状
Kazi Shamsul Alamさん (バングラデシュ)
1971年の独立以来、バングラデシュ人民共和国は女性の人権状況は堅実に改善されてきました。とはいえ、さまざまな政策が取られてきたにもかかわらず、まだ期待通りの水準には達していません。解放戦争期には、占領軍が攻撃の1つとして女性にレイプ、性的虐待や拷問を行ったため、女性の人権の状況は悪化しました。かつて女性が二流市民と見なされていた状況は大きく改善されましたが、基礎学力の欠如や社会的な資質の欠如が未解決のままです。そのような状況を改善すべく政府レベルで適切な対策が取られ、その成果が現われてきています。

レイプは、女性をひどく傷つける社会的不道徳行為です。人権組織ODHIKERの調査によると、2000~2004年で、全国で合計4,195人の女性と子供がレイプの犠牲になりました。このうちの467人がレイプのあと殺害され、45人が自殺しました。全体の状況は良くありませんが、政府はこれに対し、犯人を収監し、法により罰しています。レイプは、社会全体が目をむけるべき凶悪犯罪のひとつです。無学なこと、また社会通念のせいで、レイプ事件の多くは届け出がなされません。男性中心の社会体制の中では、レイプにあった女性だとわかるとその後まともな人生を送ることができなくなるため、届け出をしないのです。

持参金も社会悪のひとつです。2000年以降の4年間で、持参金が原因で、約740人の女性が殺害され65人が自殺しました。283人が持参金に絡んで暴力を受けました。政府は、持参金にまつわる事件から女性を保護する法律を制定したにもかかわらず、日ごと事件は増加の一途をたどっています。大衆の意識向上プログラムが効果的だと思われます。

劇物を投げつける暴力も、女性に対する最悪の犯罪の1つです。被害者の多くはそこで人生が終わったと感じることになります。年間約300件の劇物事件が起きており、1999年以降2,000人近い女性が被害にあったとする調査報告もあります。関連の法律が制定され裁判手続も迅速化されたにもかかわらず、法律が確実なものではないために、事件の数は驚くほど増えています。正義ある確実な統治なしでは成果は現れないでしょう。大衆の意識を高めることも、劇物暴力を根絶するためには必要です。
女性は、人口の約半分を占めているのに、国家的、社会的に平等の権利を受けることが許されませんでした。また、知識や教育がないため、自分自身の基本的権利に気づいておらず、社会差別の犠牲になってきました。こういったことすべては歴史的な過程から引き継がれています。女性の地位は低いものの、現在は改善の兆しも見られます。

経済分野での女性の貢献について正しく評価すれば、女性の経済参加が大きく改善されたということがわかるでしょう。女性は小額融資や被服業界を通じ、経済活動に参加しています。比較調査をしてみれば、前向きな結果が出ることでしょう。今日、約2千3百万人の女性が経済力をもっており、それは、16才以上の人口の38%にあたります。その数は1981年には150万人で、たった5.7%を占めるにすぎませんでした。実に言及に値する増加があったということです。しかし、人口増加率、就学率と就職機会の向上を考慮しなければ、数値を読み間違えるおそれがあります。

全体の状況はいまだ満足のいくものではありませんが、期待のもてる状況です。徐々にではありますが、改善されています。国防軍への女性の参加は医療部門に限られていましたが、今では、陸・海・空軍の他部門の将校レベルにも女性がいるほどです。商業パイロットとして民間航空業界で働く女性もいます。銀行、医療、行政職、管理職、法曹界、その他の官庁の職にも進出しています。

人権が奪われる最大の原因は基礎学力の欠如であるため、政府は、教育分野において大胆な打開策を講じました。大学レベルまでの女子の教育費を完全に補助するものです。歴史的にさまざまなイデオロギーを経てきた社会を、たやすく克服することはできません。多くの政府、NGOが協力して、女性の人権確立のために活動しています。この流れが続けば、女性が人権差別に苦しむことはなくなると期待されます。

最後に、私たちが暮らすのは、西洋社会とは思想や哲学の面でも価値観でも異なる、東洋社会だということです。従って人権の状況も、そういった観点から判断されるべきだと考えています。

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家庭内での女性の権利と地位
Elizabeth Francina Negi さん (インド)
人間は、雌雄どちらかとして生まれてきます。それを男性、女性へと仕上げていくのは社会と文化です。私たちは、性別、人種、階級、宗教、経済状況、年齢などの影響を受け、アイデンティティーを形成してゆきます。今日の世界で女性は、貧困、社会の崩解、環境悪化からくる苦労を背負っています。現在の状況は、女性の生活に影響を与えている一連の複雑な状況に起因しています。社会機構の統合と崩壊の過程を経て、今日の社会構造が生まれました。それは家族の形態と仕組み、言語、流動性、教育レベル、労働力の配分と分業、就業環境等、国民の基本生活様式に影響を与えています。社会と家族の構造、それらすべては女性と子どもに密接な関わりを持っており、そこでは問題となりうる変化が起きています。

女性には大変な重荷がのしかかっており、女性の人権問題は緊急を要する課題です。一方、手段を得ることもできず、社会で公的な貢献をすることができない、という状況があります。それは、問題提起すべき文化的・社会的慣習に根差しています。今日のインドは多くの問題を抱えています。多くの人が、女子の間引きなど存在しないふりをしています。それは、現在においては裕福な家庭の女児堕胎という形態で現れています。持参金にまつわる死は、インド社会の代表的な問題です。婦女暴行もめずらしいことではなくなっています。身分制度の衝突であれ、親子間暴力、学内暴力であれ、また、集会で暴徒化したためであれ、あらゆる形のもめごとで攻撃の対象になるのは女性なのです。

女性に関する問題で変化すべき重要なもののひとつとして、家庭内での女性の役割です。女性は家庭の中で伝統的な役割を負わされています。女性や子どもは、男性から経済的な施しを受けるだけの存在ではありません。たとえ経済的対価は伴わないにしても、女性の仕事を社会的に目に見えるものにする必要があります。女性や子どもが所帯にもたらす経済的貢献を、金銭に換えるといくらに値するのか数字で表す必要があります。そうすれば、女性が家族の富や財産を利用したり、管理したり、所有したりすることに対してもっと理解されるようになるでしょう。行動を変化させ、昔からの俗説を打ち砕き、女性が社会で果たしている役割に、前向きの理解を得るようにすることが大切です。

女性は、たとえ学歴があっても、決定権も指導力ももたない従属的な地位に追いやられます。最も価値ある道具、すなわち「力」が女性から奪い取られているのです。女性は施しを受けるだけのものではなく、開発を支える積極的なパートナーであることを認めることが、女性のエンパワーメント過程の第一段階です。いまや女性が意思決定者として、また指導者として立ち上がるべきなのです。
最下層の貧困状態にある女性たちが、積極的に自分たちでグループを組織する例が増えています。自助グループ(SHG)システムは、効果的な組織であることがわかってきました。SHGによって、女性たちは徐々に搾取や隔離から脱し、自分たちの手で経済力を持つ機会が与えられています。近年政府は、女性の収入創出プロジェクトに対してより積極的な理解を示すようになり、多くのNGOと共同で取組んでいます。政府と地方レベルのNGOが、国際機関の支援を得ている取組みとして、小規模会社の起業があります。この活動が主な収入源になっているわけではありませんが、経済参加によって女性たちは確かな力を手にすることができ、特にSHGの努力で立ち上げた企業によって、女性たちは資産を獲得し、管理することができています。これらを支援しているのは、職業訓練や経営教育、それにグループが小規模会社組合を設立するのに必要な、設備、材料、家畜の購入のための小企業補助金・貸付金です。このような小額融資、特に貸付を組むための連絡業務には、地元のNGOが重要な役割を果たしています。貸付金の利用をうながすために、政府はNGOの協力を得て、小額融資事業を多くの人に知ってもらう環境づくりに積極的に取組んでいます。

津波の被害を受けた地域の、その後の生活再建は多くの場合、このコンセプトにのっとって行なわれました。チェンナイ市など、火事や洪水などの深刻な災害に見舞われた土地に住む家庭が、この取組みによって立ち直ることができました。学校に行かず家のために稼がなければならない子どもを減らし、家庭(特に女性)を金貸しへの依存から切り離し、女性の貧困や脆弱(ぜいじゃく)さを軽減し、基礎的な経済・市場戦略について女性に情報を与え教育する。こういった問題を解決していく手段となりえるため、このような収入創出活動は開発プロセスにとって必須のものです。

特に被災した地域社会で、かつてないほど女性たちが経済的権利を求めています。その基盤となっているのがSHG運動だと言えるでしょう。現在この取組みは、生活問題に対処するだけでなく、戦略的なジェンダー問題の取組みとしても目が向けられています。

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女性の人身取引
Bharati Pokharelさん (ネパール)
ネパールにおける女性の人権侵害のひとつに人身取引があります。取引業者は、農村部に住む若い女性や少女をその無知と無学をいいことにターゲットにします。司法長官室の2000~2001年の年次報告書によると、463件の人身取引違反の届出があり、そのうちの132件が有罪判決、95件が無罪判決、236件が未決になっています。

売買された女性や少女の大半は、性的搾取を受ける仕事を与えられます。借金が返せなくなった結果、同じように働かせられることもあります。ILO-IPECによる2001年の調査では、カトマンズの性労働者の30%が18才未満でした。悲しいことにネパールは、南アジアにおいて人身取引業者に女性を供給する主要国のひとつです。女性たちは、インドのムンバイ、コルカタ、デリー、チェンナイといった大都市を経由して、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールなどの中東諸国や、香港、マレーシア等の東南アジアの中核国へ売買・移送されます。そうして最後には、隣国インドの売春宿でその人生を終えることになるのです。人身取引撲滅の活動をしているあるNGOによると、年間5,000~12,000人のネパール人女性や少女がインドに売られ、売春を強要されていると考えられています。これらは外国での良い仕事の話につられた人たちですが、無理やり連れ去られた人もあり、前述のNGOの報告では、約10%に当たると推計されています。

ネパールの多くの若者は、単純労働を求めてインドに移住しています。ネパール・インド国境にある町では国際結婚も多く見られ、人身取引業者に、いわゆる結婚の名のもとに売春目的で女性をインドに連れ込む絶好の機会を与えています。年間何百人もの少女や女性が、インドで売春をさせられた後で救出され、ネパールに連れ戻されています。戻ってきた者の半数がHIV陽性だとも言われています。

1991年のネパール王国憲法第20条1項で、何人も搾取されない権利が保証されており、人間の取引、奴隷、いかなる形態の強制労働も明確に禁じられています。この条項に抵触するいかなる行為も凶悪犯罪と見なされ、現行法で罰せられるとされています。1986年の人身取引防止法は立法化され、特別法として施行されました。この法では、場合によっては被告側に厳格な立証責任が規定されており、20年以下の懲役が課されます。
ネパールは数多くの国際協約の当事者国であり批准国でもあります。1979年の女子差別撤廃条約、1949年の人身取引撤廃条約、子どもの権利条約などがそうです。国際法律文書の当事者国として、ネパールはそれらの条約の目的にかなうのに必要な手段をとるべき国家としての義務があります。しかし、社会的・法律的障害が数多くそれをはばみ、訴えを起こし有罪判決が下ることはまれです。国境警備員がわいろを取って、人身取引業者が少女たちを近隣のインドの都市に連れ出すのを見過ごすなどは、ごく普通に行なわれています。

女性・子供・社会福祉省(MOWCSW)が人身取引に対する刑罰を強化する立法を導入しました。MOWCSWにはまた、人身取引防止の取組みを行なう文書・情報センターがあり、国家対策委員会も設置されています。対策委員会は、警察官訓練プログラムを組んだり、地元のNGOと密接に連携して、人身取引被害者の社会復帰、支援活動を行っています。

ソーシャル・ワーカーのジャマイカ博士は、テレグラフ誌でのインタビューで次のように語っています。「経済活動の混乱、経済支援基盤の破壊により、また、武力紛争により、女性は人身取引の危険にさらされ、さらなる大きな危険である、殺されないためせざるを得ない性行為や、物と引き換えに性を売らざるを得ない状況が起きます。その結果、多くの女性がHIVに感染することになります。腐敗した指導者と政治的意志の欠如が合わさって、人身取引業者を無罪放免にし、犠牲者達の苦痛を悪化させています。その上女性は、はびこる暴力と差別にも直面します。紛争状況の中では、レイプも女性に対する性的暴力も、あまりに普通に行なわれるのです。」

米国務省2005年人身取引報告書には、「ネパール政府は人身取引撲滅のための最低基準は完全に満たしている。しかし、毛沢東主義者が国の広範にわたって起こしている反政府運動のために政情が不安定で、治安にも問題があるため、この国の人身取引防止活動が阻害されている。」とあります。

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第1回リポート

タイに住む難民女性のための安全な仕事と収入
人権と女性の権利の問題
Subadhra Devi Raiさん (タイ)
安定した仕事に就き、収入を得ることは基本的な人権です。しかし、政治的、社会的変動のために、世界中のいたる所でこの基本的人権は守られていません。満足な収入や仕事がない辛さは誰でも経験しますが、その矛先はほとんどの場合、女性と子どもに向けられます。わたしがぜひともお伝えしたいのは、タイ・ビルマ国境の難民キャンプで暮らす、ビルマ(注1) から来た少数民族女性がおかれた経済状況と、その状況を打開するために、非政府組織WEAVE(Women Education for Advancement and Empowerment)が、いろいろな少数民族女性組織と協力しながら取組んでいる能力開発、職業訓練、収入機会の創出などの活動についてです。
(注1)1995年に軍事政府が、国名をビルマからミャンマーに変更した。しかし、軍事政権とその弾圧、人権侵害に抗議して、タイその他に住む多くのビルマ国民はビルマの名を使い続けている。ビルマの国民や女性と連帯して私も「ビルマ」の国名を使用していく。

タイに住む難民女性

いろいろな民族出身の女性たちが、9ヵ所の難民キャンプに住んでおり、中には1984年からいる人もいます*2。これらの女性とその家族たちは、国家平和開発評議会(SPDC)がビルマで起こした政情不安と人権侵害を逃れるためにタイに来ました。SPDCに武器の運搬を強要され、断ると暴行を受け、殺されたりレイプされたりします。難民たちは、トラウマとキャンプ生活のせいで、さまざまな身体的、精神的疾患に苦しんでいます。女性は、DVや栄養不良、身体の不調、さらには国を離れたことや先が見えないこと*3から起こる精神的ストレスに苦しんでいます。これらの症状は、安定した収入やまともな仕事に就けないことでさらに悪化します。

(注2)難民: タイ・ビルマ国境の4州(チェン-ライ、カンチャナブリ・ラーチャブリー、メーホンソン、ターク)に9ヵ所の難民キャンプがあり、約14万人の公式登録難民が住み、なかには10年を超えて暮らしている者もいる。
移民: チェン-ライ、チェン-マイ、タークの3州に住む、約120万の登録移民のうち、905,881人がビルマ人の血を引く。これ以外に、送還を恐れ無登録で住んでいる者も多い。
国内避難民(IDP): 4つの少数民族州(カレン、Karenni、シャン、モン)と2郡(東ペグー、テナセリム)に住む。恒常的な暴力と不安定さのため食糧確保ができず、深刻な栄養不良に悩む。

参考文献: 「Images Asia」1997。「Migrating with Hope: Burmese Women Working in Thailand and the Sex Industry」、Images Asia(チェン-マイ)、タイ・ビルマ国境協会(TBBC)2004年。「Internal Displacement and Vulnerability in Eastern Burma」、TBBC(バンコク)、ThanakaTeam編、2000。「Burma More Women’s Voices」、Altsean(バンコク)、ThanakaTeam編、2003年。「Burma-Women’s Voices Together」、Altsean(バンコク)、WEAVE(チェンマイ)2005。

(注3)今後3~5年間に、第3国もしくは、政情が改善されればビルマに送還される可能性がある。

(注4)タイでは、難民キャンプで生活している人びとは避難民に分類され難民とは認められていない。その移動や活動は制限されるため、難民キャンプ内の金銭の流れや仕事の種類は限られている。
働く権利 - WEAVEによる所得創出と能力開発

難民キャンプのなかには、非公式ではありますが仕事があります。難民が運営する雑貨店、食品売店、仕立屋、手工芸品店などです(注4)。その他にも、国際NGOがキャンプ内で衛生活動や社会復帰訓練をしており、そこに人工経済が形成されています。保健士、清掃員、教師や通訳として難民が雇われています。状況は不安定で、NGOが撤退すると自分たちは仕事も収入も失うという恐怖が常に難民たちにつきまとっています。キャンプ外での仕事には制限がありますが、季節的な農作業をすることがよくあります。同じように働く地元のタイ人より賃金が低いのがふつうです。こうした状況の中でWEAVEは、女性の収入ややりがいのある仕事に焦点を当てて活動しています。

WEAVEはさまざまな民族背景を持つ女性で構成されている地元の組織であり、ビルマからの少数民族の女性と協調して活動しています。WEAVEは1990年の設立以来、タイ・ビルマ国境の両側で活動する各組織を支援して、女性と子供のための保健衛生教材を民族のさまざまな言語で作成することを中心に活動しています。年を追うごとにWEAVEの活動内容は広がり、能力開発、早期児童教育、所得創出などが新たに加わりました。難民女性の立場を改善することが地域全体の利益につながるという信念に基づいて、WEAVEの活動は多角化しています。

WEAVEは、縫製、織物、刺繍などの職業訓練を行い、少数民族の女性を支援しています。そこでは、それぞれ固有の文化が反映されたデザインの織物を作ったり、衣服を縫ったりすることを勧めています。また、タイ内外のいろいろな少数民族女性組織と協力して、できあがった品物を販売する市場を見つけ、確保する取組みも行っています。このように、難民女性に安定した働き口と収入をもたらすのがWEAVEの目標です。女性に安定収入があれば、野菜や果物や肉で食事内容を充実できるようになります。経済力がつけば、家庭内のジェンダーに根ざした暴力をはね返す力がつき、民族組織や地域社会で指導的な役割を担う自信が持てるようになります。

WEAVEが行っている能力開発プログラムは所得創出のために重要な役割を果たしています。つまり、このプログラムにおいて、プロジェクトを管理させることで女性たちの能力を強化し、マイクロ・ファイナンスやマーケティングや製品ライン管理の知識と技術を身につける機会を女性に提供しているのです。この他、女性たちのグループに少額の資金を拠出し、このグループを支援して安定収入の道を手に入れるまで援助を行っています。

所得創出と能力開発という取組みを通して、WEAVEはこれまでずっと女性の人権問題解決に努力してきました。今後も少数民族女性、そしてその組織とともに活動を続けていくつもりです。

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人身取引や売春からフィリピン人海外興行出演者を守る
Nharleen Santos Millarさん(フィリピン)
メアリー・ジョイの夢は教師になることです。貧しく、就業機会が限られているため、エンターテイナー(興行出演者)として働くため来日しました。給料の支払いを止められたり、契約を打ち切られたりするのを恐れて、客と出勤前のデートに応じるよう言われても、断ることができなかったと昔を語ります。また、客の気を引くためにきわどい衣装を無理やり着せられることもありました。

リディアは、プロ歌手として来日しました。他のフィリピン女性同様、日本でお金を稼いで両親に送金したいと思ったのです。バーの支配人が契約規定を守らなかった項目がたくさんあったと嘆きます。急な公演や店の掃除といった、契約に反する業務まで仕事として追加されました。

この2人のフィリピン人女性の話は、フィリピンやその他の国から来日して人身取引や売春の犠牲者になった若い女性たちのケースと大差ありません。本国できちんとした働き口があったなら、こんな目にあうことはなかったでしょう。一方で、女性の搾取防止のため、海外労働者に対する保護対策が必要であり、そのためには送り出す側と引受ける側、両国の協力・協働が求められます。

人身取引問題は、性差による不平等や、家庭や社会における因習的な女性の役割という背景の中で見ていかねばなりません。性差のある労働市場の出現、世界的な女性移民労働者の増加が、現在の移民パターン、すなわち、女性の人身取引、家内労働・奴隷や奴隷に近い身分の婚姻、売春やその他の性的搾取のための取引をもたらしているのです。

「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」が、「人身取引に関する議定書」も含めて採択されたことは、人身取引被害者の人権保護推進のための大きな1歩となりました。2001年10月にフィリピン政府も、「人身取引に関する議定書」批准国の仲間入りを果たしました。また、2003年5月には共和国立法9208号「2003年人身取引禁止法」が成立しました。フィリピン人身取引禁止法は、女性や子どもを人身取引から守る法律としては、最も包括的で進歩的な法律のひとつといえます。

一方、日本側でも、2004年12月、国会が「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律(平成16年6月2日法律第73号)」を施行しました。これは、国内での不法な人材調達と人身取引の阻止を目的としています。新入管政策は、「興行」身分で入国する者の就労許可条件を改正し、その興行出演者が関連学校で2年の芸能教育を受けたか、または、日本以外の国で2年の芸歴があることが要求されます。すでに日本に入国し、現在、法を遵守して働いているフィリピン人には適用されません。
人身取引問題に取組んでいる非政府組織(NGO)は、今回の改正を機に、日本で働くフィリピン人興行出演者が遭遇する、さまざまな問題を明らかにしようとしています。その調査で、入国ルートが合法であるにもかかわらず、人身売買や売春は起きていることがわかりました。これらのNGOは、今回の日本の新入管政策が、芸能娯楽興行界の強化と専門化につながり、この業界のもつ良からぬ搾取の撲滅に結びつくと信じています。

2005年2月、人身取引と移民問題に取り組むNGOネットワークが、今回の日本政府の入管政策と、それがフィリピン人興行出演者に与える影響について、公開意見交換会を催しました。ゲスト・スピーカーのひとりとして招かれた、在フィリピン日本大使館公使が、日本の人身取引防止対策行動計画の大要を話されました。「この行動計画は、人身取引問題解決のために日本政府側が取った重要な措置です。」とのご発言でした。

人身取引抑止のための国家介入の進展として、最近、グロリア・アロヨ大統領が2005年2月、人身取引問題特別専門委員会を設置する大統領令第406号を発令しました。委員会は、今回の新入管政策の影響を受ける来日フィリピン人興行出演者の地位と福祉に関し、日本国当局と対話を通じて友好的で誠意のある関係を構築することを、主要業務とするものです。

日本・フィリピン間で相互に対策の強化がなされ、海外興行出演者の尊厳保護及び日比両国間の相互協力改善のための、より良い擁護策が適用されることが期待されます。

公開討論会イメージ
興行出演者に対する出入国政策の効果についての公開討論会の様子。日本の人身取引防止対策行動計画について在フィリピン日本大使館公使が概要を述べた。(2005年2月2日フィリピン大学において)

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「人権」と「家族のまとまり」が相反するとき
Gloria Arliniさん(シンガポール)
社会の基本単位である家族の持つ力については、「強い国家の基盤にあるのは強い家族である」という孔子の古典から1948年の国連世界人権宣言にいたるまで、さまざまな文献に記されています。しかし、家庭内暴力(DV)のように家庭と人権とが対立する場合においては、状況は変わってきます。DVがいまだ個人の問題であり、女性は劣った性だと見なされている社会、一般にアジア諸国において、最悪の形をとることになります。

天然資源に恵まれないため人的資源に過度に依存するシンガポールでは、家族というものに重きを置くあまり、家族(ひいてはその上にある国家)の利益が個人の権利に優先します(注1)。この崩れたバランスが、他の誰よりDV被害者を危険にさらします。実際、DV被害者の法的保護は1997年になってようやく包括的なものになりました。

1997年以前はシンガポール刑法で、加害者がVCGH(Voluntarily Causing Grievous Hurt、自発的に重傷害を生ぜしめること)に「分類」されないDV事件の場合、警察は礼状なしで逮捕をすることができませんでした。裁判所命令なしの逮捕が正当となるのは、下記により被害を受けた場合に限られていました。

左右いずれかの視力又は聴力の永久喪失、身体のいずれかの部分の喪失、身体のいずれかの部分の能力の破壊/永久損傷、頭部/顔面の永久変形、骨折/脱臼、去勢、もしくは、生命に危険を及ぼすか、又は、被害者を20日間、激しい身体的苦痛にさらすか通常業務を遂行できなくする何らかの傷害(シンガポール刑法、第322項)

つまり、「永久に能力を奪われること、及び/又は、重度の傷害」があったときしか、被害者を加害者から救い出すことが相当と見なされてなかったのです。

このように「重傷害」にいたるまで虐待が取締まれないというのは、まぎれもなく安全や安寧についての人権侵害です。1995年、シンガポール史上初の女性国会議員、Kanwaljit Soin博士によってDV法案が提出されました。この法案は、DVの被害者保護の促進を目的とし、とりわけ、DVによるわずかなケガでも逮捕可能な犯罪とされることを強く要求するものです。つまり、礼状や裁判所命令がなくても、警察が相当と認めれば加害者を逮捕できる権限を与える法案です。
しかし、法案は否決されました。

DVを刑事犯罪と見なすようになると、社会の基本構成単位である家庭が崩壊するかもしれないと恐れ、国家は、強制的家庭カウンセリングという「より穏便な」方法による調停を主張しました。政府はこの法案に対して、家庭内の問題に対し、そのような「厳しく、高圧的で、超然とした」解決手段を用いれば、アジア人は「不快感」を抱くであろう、と文化を盾に説明しています。しかし、政府の最大の懸念は、法案によって男女が対立関係(被害者対加害者)に置かれることになり、家庭生活のイメージが否定的に描き出され、それが家族という結束力に致命的な結果をもたらす、という点にあったのです。

こうしてシンガポール政府は、女性の権利の保護と家族の結束との間に微妙なバランスを確保するという難問に直面することになりました。法案は頓挫しましたが、DV被害者にとって状況が改善すように現行法に手を加えるべく前向きな取組みがなされ、それが女性憲章(1996年)修正法案として結実しました(注2)。ここでも法的措置より家族カウンセリングの方がふさわしいとされていますが、虐待者逮捕について警察には以前より大きな権限が与えられることとなり、被害者から「威嚇、継続的な嫌がらせ、身体的暴力並びに被害者の意思に反する拘束」のいずれかを受けたという届出がなされた場合は、法的措置をとることができるようになりました。修正法案ではまた、「家族の構成員」の定義を「血縁、婚姻または養子縁組により結ばれたすべての者」とし、より広い範囲で潜在的被害者を保護するものとなっています。

一見したところ満足そうな結果ですが、このことは、家族の結束とその中の個々人の安全についての権利の間に、利害の衝突があり得るという警告であるかもしれず、慎重に取り扱う必要があります。具体的には家父長制度やアジアの価値観がその社会では、特にDVのような件では、人権擁護の最大の障害になり得るということなのです。

(注1)このことは、『Singapore Shared Value』の「地域社会に優先する国家、自己に優先する社会」に書かれている。

(注2)この修正は、女性憲章第VII章「家族の保護」に規定されている。憲章全編については以下を参照のこと。

http://statutes.agc.gov.sg/
non_version/cgi-bin/cgi_retrieve.pl?
actno=REVED-35&doctitle=
WOMEN%92S%20CHARTER%
0a&date=latest&method=part

(2005年7月20日引用)

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